愛を食べて人は大人になる。

 28, 2016 23:59
駅のホームで電車を待っているときのこと。
 
 
子供の大きな声がしたのでふと見ると、1人の男のコが、そのコにとっては決して小さくはない紙袋をもって、誰かにむかってしきりに
「ねえ!遅れちゃうよー!早く早くー!」
と呼んでいます。
 
きっとあの視線の先にはお父さんかお母さんでもいるんだろうな。
 
 
 
 
こんな小さな子でも、
「時間に間に合わなくなるといけないから、急がなければ」
ということをわかってるんだなぁ。偉いなぁ。
 
 
 
そんなことを思って、時間になってもこない電車を待ちながら、私は再び、手元のスマホに目を落としていました。
 
 
fc2blog_20161129015537b39.jpg
 
 
 
 
こんにちは。
 
珈琲豆・陶器・洋服
埼玉県熊谷市のセレクトショップ【Riyon】みわです。
 
 
 
 
しばらくすると、今度は子供の泣き声が聴こえてきます。
見ると先ほどの男のコが、お父さんに抱き抱えられて泣いています。
 
 
お母さんは、男のコの妹とおぼしき女のコの手を引き、お父さんは必死にその男のコの頭を撫で、なだめています。
見ていなかったので、何があったのかはわかりません。
 
 
お父さんに必死でしがみつく男のコ。
泣きながらも、その小さな手には、先ほどの紙袋をしっかりと持っています。
 
 
 
絶対的な愛情の確信って、ああやって覚えてゆくのだろうなぁ。
ぼんやりとそんなことを思いました。
 
 
 
 
誰しもが、誰かにすがりつきながら泣いた経験があるはずです。
 
そして、カタチは違えど、オトナになってもきっとみんな、誰かの温かい手を求めています。
 
 
生きていれば様々なことがあります。
私も、人様に言いたくないことの1つやふたつあります。
何年何十年経っても、泣かずに話すのが困難なこともあります。
思い出すと傷が疼くから。
 
 
誰しもがそうやって何かしらの傷を抱えて、それを封印したり、ときにはその傷と向き合いながら、前を向くために痛みと闘いながら歩いていると思います。
 
 
だから、こう思うのです。
それを救ってくれるのは、成長の過程で受け取った、こうした愛情なのではないかと。
 
 
それはお父さんお母さんかもしれないし、おじいちゃんおばあちゃんかもしれない、親戚かもしれない、血のつながらない誰かかも知れない。
たとえ覚えていなくても、絶対的な愛情を知っているから、お友達やパートナー、仕事仲間を信頼していけると思うのです。
人は生まれてずっと1人では、生きていけません。
 
 
 
だから、大好きな人たち、大切な人たちには、私は腕を広げていたい。
何かあったら、私がいるからねと言える、
「あの人がいるから頑張れる」
そんな存在でありたい。
 
 
だって、私もそうやって、沢山の人のおかげで生きてきたのだから。
 
 
 
 
 
 
RiyonのECサイトはコチラ♪
 
Twitterもやってます!コチラです♪
 
そして実はInstagramもやってます!コチラ♪
 
 
 
 
 
Riyon
 
 
埼玉県熊谷市別府5-80-3  
TEL : 048-533-9533
営業時間 :11時~18時
おやすみ:日/月曜/祝日
 
 
 
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 熊谷情報へ
にほんブログ村

COMMENT 0

WHAT'S NEW?