わからないから面白い。

 25, 2016 23:51
そういえば、昨日栃木にいったときにも、いたるところで柿の木を見ました。
 
秋ですね。柿は熟しすぎていない、かたいのが好きです。
たとえばお気に入りのお皿には、ただ柿をのせるだけでもいいんです。
あ、これは盗んできたんじゃないですよ(笑)
玄関先やリビングに飾っておくと、それだけでもう充分、素敵です。
 
 
ファイル 2016-10-26 0 47 06
 
 
 
こんにちは。
 
珈琲豆・陶器・洋服
熊谷のセレクトショップ【Riyon】みわです。
 
 
 
子供の頃授業で、沢山の文学作品に出逢うじゃないですか。
中学の教科書に出てくる文学作品は、なんだかもう歴史の授業のような感覚で覚えていた気がします。
「テストに出るから覚えなきゃいけない」
 
私は本が割りと好きな方だったのですが、それにしては随分義務的に覚えていたと記憶しています。
 
 
皆さんは言えますか?
あの頃勉強した事。
例えば、5千円札になっている方の代表作を。
 
 
 
樋口一葉は、「たけくらべ」「にごりえ」などですね。
 
では夏目漱石の代表作は?
 
 
 
「吾輩は猫である」「坊っちゃん」などですね。
読みました?みんな読むんですか?
私は「こころ」と、あと「坊っちゃん」は読んだ気がするけれども、よく覚えてないです。
 
 
他にも島崎藤村、志賀直哉、森鴎外、芥川龍之介、二葉亭四迷など、多くの文豪がいますが、読んだ記憶がありません(苦笑)。読んだものもある気がするのですが、よく覚えていません。
 
 
でも、そんな中でも太宰治の「斜陽」は、小学生の頃、初めて読んだときにその文体に妙に惹かれました。
「走れメロス」は、中学の教科書にものっていませんでしたっけ?単純に内容が面白かったです。
大人になって「人間失格」を読んで、この人(文豪に対して失礼ですが)面白い人だなぁと思いました。「晩年」もそう。
 
面白いというのはどういうことかといいますと、こういう人が道化を演じたところで、本当のところはどこまで面白かったのかなんて、わからないじゃないですか?
それに文章にしてしまうなら、結局、傍からは見えてしまいますしね。
どこまで計算していたのかはわかりませんが、頭のいい人が道化を演じるって、なんだか切ないなと思いました。
 
 
きっと面白くないと思っていた人、いるんじゃないかな。
だって、頭のいい人のすることだもの。
考えすぎてはいなかったかな。どうなんだろう。
 
そういうことを考えているのが面白い。
 
 
とはいえ、毎日太宰治のことを考えているわけではないので、忘れていたあるとき、寺山修司の「ポケットに名言を」という本を読んで、再び太宰治の文章に出逢うことになります。
 
 
 
 
31PCBPASE8L.jpg
 
 
死なうと思っていた。
ことしの正月、よそから着物一反もらった。
お年玉としてである。
着物の布地は麻であった。
鼠色の細かい縞目が織り込まれていた。
これは夏に着る着物であらう。
夏まで生きてゐようと思った。

(晩年より)
 
 
 
生きる意味を探している人のことを、そんなこと考えもしない人は笑うかもしれないけど、「まぁそんな難しい顔ばっかしてんなよ」っていうかもしれないけれども、でも、それを笑うことは私にはできない。
 
 
むしろ、「生きなければいけない」にしばられて、ただひたすらに、がむしゃらに、もがくその姿こそが、生きているといえるのではないかと思うのです。
疑問を持つことは、「生きたい」ということから来ているのではないのかと思えてなりません。
 
 
生きるということに、考えることは、必要だと思う。
 
 
明日も、美味しいものをいただこう。
感謝して、いただこう。
 
 
 
 
 
 
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