旅も日常も、求めるものは似ている。

 26, 2015 15:19
こんにちは。
旅行が大好きなのに、今年になってから、遊び目的の旅行に1回も行っていないと気付いた、熊谷のセレクトショップ、Riyonのみわです。


先日、カフェで食事をしていたときのこと。

ふと、目の前に、雑誌が置いてあることに気がついた。

そこには旅先での、おもわず苦笑してしまう出来事を通して、現地で得たモノについて書かれていた。

著者はある旅先で、太鼓売りに出逢う。それも、何年も売れてなさそうな太鼓である。
「いらない」
だから思いきって、そこまでは負けないであろうと半値を言うと、相手はダメだと首を横にふる。
「じゃあ!」
立ち去ろうとすると、相手が
「わかった!それでいいよ!」
とおれてしまったため、結局いらない太鼓を買う羽目になってしまったという話だった。


けれど著者がそこで得た物は、太鼓そのものというより、人との触れ合い、旅の思い出なのだ。
著者はこんな言葉で締めていた。
「だから僕は、旅に出る度、たくさんの物を持ち帰る」


旅好きな方なら、誰でも一度は経験、または、その瞬間を見たことがあるのではないか。
開放的なレストランや、屋台で食事していると、物を売りに来る人がいる。

私も東南アジアで、何度か経験したことがある。
こちらの都合など関係ない。
「それ、どこで使うの?」とツッコみたくなるような、擦るとカエルの鳴き声がする楽器?や、レイのような花飾り。

正直私は、そういう場で買ったことはないのだが、ナイトマーケットなどで、気に入った洋服などを手に取っては、よく交渉していた。
そこで相手が少しおとした値と、自分の希望の値の差は、よく考えれば50円くらいなものなのだ。
それくらいなら、言い値で買えばいいじゃないかと思われるかもしれない。
けれども、根気よく交渉を続ける。

なぜって自分でも気づいている。やりとりの楽しさを。

だから、相手がその交渉を楽しんでいないとわかれば、すぐその場を立ち去る。
感じのいい人ばかりではない。同じような仕事を持つ私にとってみれば、あり得ない接客もある。
けれどもそれが、怒るどころか笑ってしまうことも多々ある。
旅の楽しみ方は、ひとそれぞれあるだろうが、
私は、素晴らしい景色は勿論だが、その国の人が、どんなところで、どんな生活をしているのか、また、どんなふうに人と関わりながら暮らしているのか、それを知るのが大好きだ。

だから、楽しく買い物ができたとき、その生活の一部にお邪魔させてもらったような気になる。
アユタヤ遺跡


東南アジアの、噎せ返るような暑さと、辺りにたちこめる、その国特有のスパイスの匂い。 そして、排気ガス。
そんな空気の中、汗まみれになりながらも、得られる経験や、感動の、なんと多いことか。

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