Riyonはこうして生まれました。その2

 09, 2016 22:30
昨日、Riyonの始まりのお話をさせていただきました。
何十年前かもわからないほど昔、三軒茶屋のそのお店で、母はずっと【Riyon】というものを作ってきました。
珈琲と、リヨントースト(多分ホットサンドのようなもの)。
そこはお客さまの憩いの場となっていたようです。
 
昨日のブログ「Riyonはこうして生まれました。その1」はコチラ
 
 
 
こんにちは。
 
珈琲豆・陶器・洋服
熊谷のセレクトショップ【Riyon】みわです。
 
 
 
 
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母が群馬に嫁ぐとき、Riyonは伯母へと引き継がれました。
 
 
 
母はそうやって、ずっと人と関わってきたのです。
18年前、熊谷にお店をオープンさせましたが、三茶のお客様が熊谷のお客様になっただけ。
場所が違っても、母が人を大切にすることに変わりはありません。
 
 
 
 
大学時代、周りが就職活動に追われている頃、母が乳癌になりました。
私は母が入院している間、学校に行きながら、お店に立っていました。
私に申し訳ないと思ったのか、母は退院したその足でお店に来て、すぐに仕事をはじめました。
その後、朝早く家を出て、病院へ放射線治療を受けに行き、お店に来るという生活が続いたのです。
 
私はずっとRiyonにいました。
Riyonの世界しか知りませんでした。
それがとても怖いことのような気がしました。
私は、世の中のことを何も知らなかったからです。
友達の仕事の話や、同僚と飲みに行った話などを楽しく聞きながら、羨ましく思い、焦燥感に駆られていました。
 
 
あるとき、私は別の場所で働いてみたいと思いたちました。
9年くらい前の事だったでしょうか。
 
 
本当はもっと母を助けてあげたいのに、何も出来なくて、何も知らなくて、何をしたらいいのかわからなくて。。。
とにかく、外の空気を吸って、外のことを知ってみたかったのです。
 
 
私は家を出ました。
そして、イベントコンパニオンやアパレルショップ、身体を壊して一時的に働けず、収入が途絶えたときには、日払いの給料をもらえる佐川急便で夜から朝まで、荷物の仕分け作業などもしました。
 
 
それらの仕事を経験し、それ以上に、様々な想いを経験し、数年して戻ってきました。
 
 
するとそこには、ずっと変わらずにRiyonを愛してくださるお客さまと、私が不在でも守り続けていた母の姿がありました。
勝手を言って急にいなくなった私を、お客様は笑顔で、嬉しそうに迎えてくれました。
 
 
Riyonのお客さまの多くは60代です。
みんな、お母さんみたいなのです。
 
今も、私が展示会で都内に行った翌日には
「みわちゃん疲れてるんじゃない?身体に気をつけてね」
と言ってくれます。
 
 
私にはお母さんがたくさんいます。
身体を壊すと心配し、美味しいパンを見つければ食べさせたいと持ってきてくれ、どこかに出かけると大好きなチョコレートをお土産にと買ってきてくれるのです。
ありがたくて、ありがたくて、泣けます。
 
 
私は一人っ子で、母とはずっと仲良しです。
そして、お客さまとも仲良しです。
でもそれは、母がそういう場所を作ってくれたから。効率よりも、人を大切にしていたから。
 
 
いつもバカなことばかり言っている母娘ですが、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
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Riyon
 
 
埼玉県熊谷市別府5-80-3  
TEL : 048-533-9533
営業時間 :10時~18時
おやすみ:日/祝/第1・3月曜
 
 
 
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