怖がっていると何も書けない

 06, 2016 20:35
文章の捉え方って、読む人によって様々ですよね。
 
だからこそ面白いのでしょうが、気をつけなければいけないこともあります。
文からは、表情や声のトーンは伝わらないと思った方がいい。
 
それが伝わるのは、喋り方のクセを知ってくれている親しい人だけです。
 
 
冗談で書いたつもりが、相手を傷つけていないか。
お役に立てたら嬉しいなと思ったことが、誰かのプライドを傷つけていないか。
 
 
こんにちは。
 
熊谷の片隅でひっそり♪
珈琲豆・陶器・洋服
セレクトショップ【Riyon】みわです。
 
 
伝えたい想いを語れば、そしてその想いが強ければ強いほど、賛同してくれる方が多い一方、「そうは思わない」という意見にあたるのは当然のことです。
 
 
 
「私はこう思うよ。」
「あなたのお役に立てるといいのだけれど、、、こんなのはどう?」
 
誰かを喜ばせたくて、誰かのお役に立ちたくて、自分の想いを文章や行動で色々示したはいいが、伝わらない人だっているわけです。
 
 
そこまで熱く語って、伝える努力をして、それでも受け入れられないなら、もうそれは仕方がないですよね。
 
反対意見を述べる人に対して、主張したくなる気持ちもわかるけれど、考え方が違う人を論破しようとしても意味がないし、そこで体力を消耗するくらいなら
「私もそう思う!」
「面白かったよ!」
「元気もらったよ!」
って言ってくれる人のために心を暖色に保っていないと、勿体ないなと思います。
 
 
もっとも、反論してくる人がいたらいたで、それは「無関心」ではいられないほど、あなたのことを気になっているということになりますから、そこまでの文章を書いたんだなと、誇りに思ってもいいかもしれません
 
 
 
私ね。推敲が長いんですよ。恥ずかしいんですけど。
 
基本的には、伝えたいことはこの書き方で伝わるのかという見直しなんですけど、
「こんな書き方したら、誤解する人がいるかも」
と思って文章を直すこともあります。
 
でもそれは、書き方の問題であって、内容に対する意見はわれて当然だとは思っています。
 
 
 
 
中野重治さんは、ご自身の本でこんなふうに言っています。
 
「なんでこんなことをいちいち断るかというと、人の言うことを次から次へと勘違いして歩く人があるからだ。
 
僕は、これもひとり合点なのだが、大切なことならば誤解されてもかまわないと思っている。
 
大切なことは、誰にでも理解されるというわけにはいかないもので、それも、その大切なことは、それをまともに聴く耳をいつでも持っている。
 
第一、誤解されない、捩(ね)じ曲げられない、あくどく喰ってかかられないような大切なことなぞはいくらもありはしないのだ。
 
ただそれほど大切でないことは誤解されることを用心しなければならない。
 
もしそういう誤解が生じてそれを解かなければならないとしたら、その仕事はなにしろ馬鹿々々しいに違いないから」
 
 
 
 
誰にも嫌われない、反論のない文章にするには、ごく当たり前のことを書く。
そうすれば、よほど言いたがりの人以外は、誰からも反論は出ないと思います。
 
ただ、関心も持たれにくいと思うけど。
 
そして、そうしているうちに、誰に向けて書いているのか、曖昧になってしまうかもしれないけれど。
 
 
fc2blog_20160203162241c3a.jpg
 
鏡に映った自分が、ちょっと違ったら気持ち悪いじゃないですか。
 
それならやはり、大切な誰かに向けて、書きたいことをちゃんと伝えていきたいですよね
 
 
どんな考え方にせよ(よほど荒々しくない限りは)、自分の想いをちゃんと言葉にして、行動していれば、まず誰かしらが「うんうん」と喜んでくれる。
 
それを貫いていれば、本当の意味で、周りに残ってくれる人が増えていくと思います。
 
 
 
 
 
 
 
Riyon
 
 
埼玉県熊谷市別府5-80-3  
TEL : 048-533-9533
営業時間 :10時~18時
おやすみ:日/祝/第1・3月曜
 
 
 
にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 熊谷情報へ
にほんブログ村

COMMENT 0

WHAT'S NEW?