新春セミナーのこと。続き。
- 2019/01/25
- 23:39
今日はまず、昨日書けなかったあるシーンについて。実はこのシーンは「ストーリー」としては、必ずしもなくてはならないシーンではありませんでした(多分)。
だけど私にはとてもひっかかりました。
こんにちは。
珈琲豆・器・洋服
埼玉県熊谷市のセレクトショップ【Riyon】みわです。
1人が、借りていたランチ代(ロースカツ定食)を返しにくるシーンです。
でももうひとりは、貸したことさえ忘れていたと言います。

返しに来た方は、「ピッタリ1640円です」とさしだします。
すると、貸したことさえ忘れてたといった方は「でも本当は1680円だけどね。まぁ、いいんだけど」と言葉を返すのです。
ここから二人は、1640円か、1680円かの、どーでもいいやりとりを始めます。
ほんと、どっちでもいいわって、傍からだとツッコみたくなるくらいなんですけど。
ここで面白いのは、2人とも40円欲しさに言い争っているのではないということです。その証拠に、貸した方は貸したこと自体忘れていたくらいですから。(ここに関しては、もしかしたら私はそんな小さなことを気にする人間じゃないわよアピールであった可能性もありますが、ここではセリフ通りだったと仮定しておきます)
そう、いつのまにか40円は、プライドの闘いに変わりました。
どちらが正しく覚えているか、そしてその根拠はなんなのか。
このシーンでハッとさせられました。
私自身、日常でよくあるんです。どうでもいいことに時間を割いてしまっていることが。誰かとの言い争いではありませんが、小さなことにこだわってしまうこと。しがみついてしまうこと。
それにふと気づいたときのあの、なんとも言えないあの感じ。恥ずかしくなるあの感じ。
また別のシーンでは、ただひたすら待つことの無意味さを、まざまざと見せつけられます。
「なにしてんの」
つい、そういいたくなってしまう。いい加減にしてよって。ただ「待つ」ということにのみ注意を払ってみているからこそ、見ている側は気づけること。待っていても、事態はなにもかわらない。そんな愚かな部分。考えていたら恐ろしくて鳥肌がたちそうでした。
続いて落語演劇。私が知らないだけかもしれませんが、とても斬新な演劇でした。

みどりの窓口の職員と、そこに買いに来たお客さんの話なんですけど、もう売り切れてしまった新幹線の座席について、お客さんが無理難題をおしつけ、職員を困惑させます。職員はお客さんを説得しようと試みますが、お客さんはわけのわからない言い分をならべるので、すっかり疲弊してしまいました。
でもこの職員。自分がお客さんの立場になると、結局おなじようなことをしてしまうのです。
私達も、あるときは店員であり、あるときはお客さんです。だからこそ、感じることってあるもの。
上のロースカツ定食の話も、ひたすら待つ話も、そしてこの職員の話も、はたからみているとわかるのに、自分では気づけない。
自分だけが気づけない。

こんなふうに、ストーリーそのものというより、小さな気付きがたくさんある劇で、とてもおもしろかったです。日常に潜む自分の敵(自分の敵は自分のことなんだけどね)をみているようでした。
Riyon
埼玉県熊谷市別府5-80-3
TEL : 048-533-9533
営業時間 :11時~18時
おやすみ:日/月曜/祝日

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だけど私にはとてもひっかかりました。
こんにちは。
珈琲豆・器・洋服
埼玉県熊谷市のセレクトショップ【Riyon】みわです。
1人が、借りていたランチ代(ロースカツ定食)を返しにくるシーンです。
でももうひとりは、貸したことさえ忘れていたと言います。

返しに来た方は、「ピッタリ1640円です」とさしだします。
すると、貸したことさえ忘れてたといった方は「でも本当は1680円だけどね。まぁ、いいんだけど」と言葉を返すのです。
ここから二人は、1640円か、1680円かの、どーでもいいやりとりを始めます。
ほんと、どっちでもいいわって、傍からだとツッコみたくなるくらいなんですけど。
ここで面白いのは、2人とも40円欲しさに言い争っているのではないということです。その証拠に、貸した方は貸したこと自体忘れていたくらいですから。(ここに関しては、もしかしたら私はそんな小さなことを気にする人間じゃないわよアピールであった可能性もありますが、ここではセリフ通りだったと仮定しておきます)
そう、いつのまにか40円は、プライドの闘いに変わりました。
どちらが正しく覚えているか、そしてその根拠はなんなのか。
このシーンでハッとさせられました。
私自身、日常でよくあるんです。どうでもいいことに時間を割いてしまっていることが。誰かとの言い争いではありませんが、小さなことにこだわってしまうこと。しがみついてしまうこと。
それにふと気づいたときのあの、なんとも言えないあの感じ。恥ずかしくなるあの感じ。
また別のシーンでは、ただひたすら待つことの無意味さを、まざまざと見せつけられます。
「なにしてんの」
つい、そういいたくなってしまう。いい加減にしてよって。ただ「待つ」ということにのみ注意を払ってみているからこそ、見ている側は気づけること。待っていても、事態はなにもかわらない。そんな愚かな部分。考えていたら恐ろしくて鳥肌がたちそうでした。
続いて落語演劇。私が知らないだけかもしれませんが、とても斬新な演劇でした。

みどりの窓口の職員と、そこに買いに来たお客さんの話なんですけど、もう売り切れてしまった新幹線の座席について、お客さんが無理難題をおしつけ、職員を困惑させます。職員はお客さんを説得しようと試みますが、お客さんはわけのわからない言い分をならべるので、すっかり疲弊してしまいました。
でもこの職員。自分がお客さんの立場になると、結局おなじようなことをしてしまうのです。
私達も、あるときは店員であり、あるときはお客さんです。だからこそ、感じることってあるもの。
上のロースカツ定食の話も、ひたすら待つ話も、そしてこの職員の話も、はたからみているとわかるのに、自分では気づけない。
自分だけが気づけない。

こんなふうに、ストーリーそのものというより、小さな気付きがたくさんある劇で、とてもおもしろかったです。日常に潜む自分の敵(自分の敵は自分のことなんだけどね)をみているようでした。
Riyon
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