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この世界にある言葉の量は同じ。だけど受け取り手の数だけ感情も違う。

タイトルに世界とかつけちゃって、今になって何おっきいこといってんだと、自分でツッコんでいるので、ご容赦ください。(なにを)
 
 
昨日は友達と夕飯を食べにいきました。

 
1枚の写真から感じることは、人それぞれです。
 
 
こんにちは。
 
珈琲豆・器・洋服
埼玉県熊谷市のセレクトショップ【Riyon】みわです。
 
 
 
私たちが、この限りある(人生の)時間の中で、知ることができる感情や体験なんて、ほんの一握り。周りの人とか、書籍とか映像とか、とにかく毎日たくさんの感覚を吸収しようとしても、やはり限られています。
だとしても、その見聞きした中から自分が感じ取ろうと努力するよりほかありません。
 
しかも、見たものをそのままのカタチで受け取っていたら、一生涯で学べることなんて、ほんの少し。
人の言葉の裏側は目に見えないから、目に見えることだけではなく、他の情報も拾い集めて、自分の中で組み立てなければならないわけだけど、それだって、多くの経験なしには難しい。
 
 
それがそうなるなら、きっとこっちはこうなるのだろうなどと、まるで学生時代に応用問題を解いていたかのような、そんな謎解きが、人間関係、仕事でも、毎日待っています。
 
 
 
たとえばブログ。
この世界に存在する言葉には限りがあるのに、たった1つのテーマをとっても、その感じ方は100人いたら100通り。書く方も読む方も。
 
 
たとえば歌。
日本語が1音に対して1字しか当てられないのに対して、英語なら1音に何文字もあてられるから、そういう意味では、言語によって異なる部分もでてきます。同じ秒数の曲があっても、日本語は、英語に対して半分の言葉が入れられるかどうか。
(たとえばドレミという3つの音があって、それに対して日本語は「わたし」など、3字しかあてられないのに対し、英語なら 「I love you」と、なんなら文として成立してしまうってこと。)
5分なら5分。その長さの中で伝えられる量は、使える言葉の数が多ければ伝えやすいはず。ならば英語の歌のほうがいいのかといえば、そうとも言いきれない。言葉が少なくても、それを想像させる書き方さえされていれば、聴き手は勝手にイメージするのだから。
 
 
文章は言葉の集合体でしかないから、それは広辞苑をパズルみたいに組み合わせで使っているのに、感じ方が違うのは、それを作る人と受け取る人のセンスでしかないんじゃないかな。
 
 
わからなすぎて、面白い。あと、自分でもなにいってるのかわからなくなってきました。
 
 
 
Riyon
 
 
埼玉県熊谷市別府5-80-3  
TEL : 048-533-9533
営業時間 :11時~18時
おやすみ:日/月曜/祝日
 
 
 
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プロフィール

Riyon

Author:Riyon
埼玉県熊谷市。籠原駅から徒歩15分ほど、公園のめぐりにある、珈琲豆と器とお洋服の、小さな小さなセレクトショップ、Riyonです。
Open 11:00~18:00 日/月曜/祝日はおやすみです。